大石圭 『いつかあなたは森に眠る』

いつかあなたは森に眠る
 一人息子を亡くし夫とも離婚して、死ぬことしか考えられなくなった50代の女性。彼女はやってきた森の奥の洋館で、専属の若い男女にかしづかれる生活の中、喪ったと思われるものを取り戻し、蝶が羽化をするように美しくなっていきます。そうして彼女を見つめつづける館の主である男性と出会うことで、それまでの人生の絶望から解放される道を見い出します。

 大石圭の初期作品の復刊。
 深い森の奥の現実離れした館で繰り広げられる幻想世界は、どこかいびつでグロテスクなものを孕みながらも、だからこそどこまでも優しく美しい世界として描き出されます。
 年齢と共に女は肉体は衰え、若い頃の夢も失い、さらにはその人生の中で様々なものを諦めることに慣れていきます。ですが、この館に滞在する女たちは、むしろ若い頃には無かった美しさを手にし、いつ訪れるか分からないさらなる喪失の予感に怯えることなく、女としても満ち足りた時間を過ごすことが約束されます。主人公の女性がこの森の奥の館で得たのは、年月と哀しみの中で磨り減った人間として、女性としての再生であり、それらを永遠を手に入れることでもあったのでしょう。
 そして描き出される非現実的な空間は、「あなた」と語りかける二人称の視点によってさらなる幻想味を増しており、この視点の持ち主である館の主の意識を介在させることで、読者はどこか一枚薄布を隔てたようなソフトさの中に、登場人物の欲望を見ることが出来ます。
 現実的に考えれば間違いなくグロテスクでしかあり得ないものが、この二人称という手法によって何とも詩情に満ちた世界を生み出すことに成功している一作。