道尾秀介 『球体の蛇』

球体の蛇
 17歳の高校生だった友彦は、両親の離婚によって親しかった隣家に世話になることになります。その家の主、家屋の害虫駆除の仕事をする乙太郎さんは、奥さんと長女サヨを火事原因として亡くしており、その死は友彦と残された次女のナオにも影を落としています。そして乙太郎さんの仕事の手伝いで訪問した一軒の家で。友彦はかつての憧れだったサヨの面影を持つ女性に出会い、強く惹かれますが……。

 登場人物ひとりひとりの、「嘘」ということも出来ないほどの些細な嘘が絡まりあい、それぞれの人生を歪めていくことになります。
 敢えて謎や伏線というミステリ的な部分よりも、登場人物の心理描写に重きを置いた文芸作品という意味では、本作はきわめて高い完成度を見せ、ひとつの成果を見せた作品と言えるでしょう。それだけに、作品世界に終始一貫して流れる苦さは半端ではなく、小さな嘘や欺瞞の絡み合いがもたらす運命の中での無力感を痛感させられます。
 これまでの著者の作品に盛り込まれていたエンターテインメント性は控え目であることで、そちらを期待する向きにはやや物足りない感もある可能性は否定できないでしょうが、人間を描く文芸小説としては、現時点での道尾秀介のひとつの到達点を見せる作品であることは事実でしょう。