望月守宮 『無貌伝 〜人形姫の産声〜』

無貌伝 〜人形姫の産声〜 (講談社ノベルス)
 「人形を見せてあげる」と言われ、秋津は遥に伴われて彼女の実家のある島へと赴きます。ヒトデナシと呼ばれる怪異が集まるその島には、遥の姿を成長する年代を追って模した少女の人形たちと、その人形を所有する遥の「父親」たちがいました。島で姿を消す遥、秋津の記憶から抜け落ちた1日の時間、そして人間のヒトデナシだという無貌との遭遇。島のヒトデナシたちの封印がゆるむ異常事態の中、起こった「殺人」は何者のいかなる意図によって引き起こされたのか。

 シリーズの過去譚で、後に妻となる遥と秋津の物語。過去譚なので本作単体でも読めますが、後に探偵秋津の顔を奪い彼を失意の底に突き落とす無貌とのファースト・コンタクトなど、本編を読んでいるからこそ重要なエピソードもちりばめられています。また、秋津と遥のキャラクターの掘り下げも、既刊作品ではあまりなされていなかった部分まで描かれているという意味でも、本作はシリーズ読者には必読の1作と言えるかもしれません。
 これまでの作品同様、ヒトデナシという存在や作品世界の特殊設定によって成立する騙しという部分でも、トリックそのものは小粒ながらも本作もまた一定以上のクオリティを満たしていると言えるでしょう。シリーズの今後、そしてまだ書かれていない秋津と無貌の物語なども気になるところです。