冲方丁 『マルドゥック・フラグメンツ』

マルドゥック・フラグメンツ (ハヤカワ文庫 JA ウ 1-11)
 "万能道具存在(ユニバーサル・アイテム"である金色のネズミの姿の武器ウフコックと、眠らない兵士ボイルドが互いをパートナーとし、"スクランブル09"の法案にしたがって証人の生命保全のためのミッションを遂行する、シリーズのプレ・ストーリー。『マルドゥック・スクランブル』の幕開け直前の物語。ウフコックをパートナーとしたバロットとの最後の戦いの中、かつてパートナーとしてウフコックとともに戦った『マルドゥック・ヴェロシティ』で描かれた時代を回想するボイルドの物語。そしてマルドゥック市の闇を追い始めてしまったことで窮地に陥る刑事の視点で幕を開ける、新章『マルドゥック・アノニマス』の幕開けとその行き着く先を暗示する物語。シリーズの過去から未来までを繋いだこれらに加え、著者のインタビューや『マルドゥック・スクランブル』の初期原稿を加えた1冊。

 シリーズ1作目の『マルドゥック・スクランブル』の幕開けを物語のゼロ時間とするならば、その前日譚である『マルドゥック・ヴェロシティ』があり、これら既刊の2作品の未来には次作『マルドゥック・アノニマス』が存在することになります。
 本書では、その過去と未来を埋める作品群が収録されています。
 ウフコックとボイルドの物語、バロットとボイルドとの出会う直前の物語、そしてウフコックとバロットとをはじめとする09メンバーが社会の中枢にいる大きな敵との戦いを開始する『アノニマス』の前夜とでも言うべき物語、そして『アノニマス』で大きく変わるウフコックの運命を暗示する物語によって、現在から未来への、シリーズ全体を繋ぐ物語の道筋が明らかにされていると言えるでしょう。
 また、思わせぶりでその本質を端的に表す、バロット、ウフコック、ボイルドなどをはじめとする固有名詞の使い方や、物語ごとに意図的に変化させる文体などが物語の要素と噛み合うことで生まれる作品世界の奥行きを、本書というシリーズを縦断した短編集で再認識させられます。
 さらにこの延長線上にある『マルドゥック・アノニマス』においては、、「ヴェロシティ」での敵であったカトル・カール以上の強敵が、社会の中枢に根ざす権力と結び付き、09サイドを苦戦させることが既に描かれています。そして、これまでは主人公の地位をその時のパートナーに譲ってきたウフコックがいよいよ物語の中心となることが明示され、「アノニマス」での過酷な展開を予感させるものになっています。
 メディアミックスとのタイミングと連動した全面改稿や、「アノニマス」が完成する前に敢えて本書を刊行するなど、あざとさは感じますが、シリーズの次作への期待を高める1冊でした。