岡崎琢磨 『珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を』

珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
 "良いコーヒーとは、悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、そして恋のように甘い。"フランスの歴史上の政治家、タレーランの言葉をそのまま納得させるようなコーヒーと出会った主人公は、その店の魅力的な女性バリスタに好意を抱きます。小さな手がかりから人の心の綾を解き、思わぬ真相を解き明かす彼女ですが、実は過去には心に深く傷を負う事件を経験しており、なかなか他人に対して心を開く勇気を持てない事情がありました。

 2012年の「このミス大賞の隠し玉」として、大賞受賞は逃したものの、加筆修正の上、世に出ることになった一作。
 物語は、我儘な彼女に振り回された揚句、身に覚えのないことで責められて別れることになった主人公が立ち寄った喫茶店タレーラン」で、彼の追い求めていたコーヒーの味に出会うことから始まります。
 そしてそのコーヒーを淹れる女性バリスタは、いわゆる安楽椅子探偵として店に持ち込まれるあれこれを解き明かすことになります。単純に安楽椅子探偵物の連作ミステリとして本作を見れば、それぞれの謎のひとつひとつは小粒ですし、「挽けました」という謎が解けたことを示すセリフも「いかにも」過ぎて、今ひとつ浮いているような印象が皆無ではありません。
 ですが、この女性バリスタにアタックしようと試みながらも今ひとつ頼りない主人公と、主人公に少しずつ心を開いているらしい女性バリスタとの、仄かな恋愛ものに終わりそうな中盤までの構図が、終盤に来て一気に苦い展開を見せる面白さが本作にはあります。
 仕掛けそのものは決して大掛かりでも目新しいものでもないのでしょうが、副題の「また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を」の意図が明らかになる終盤には、物語がそれまでの相をいきなり変え、それこそコーヒーのような苦さを感じさせるビターな展開になります。そして結末においての苦さを越えた後の読後感が、まさに一コーヒーの至福の一杯を飲んだような後味となり、良い余韻を残してくれる作品となっていると言えるでしょう。そうした意味で、コーヒーの深い色合いや甘さ、苦さといったものを想起させるような、実によく出来た一作。