西澤保彦 『身代わり』

身代わり (幻冬舎文庫)

 文庫化につき再読。(2009年の読了記録はコチラ
 妻との間の問題で、帰宅拒否に陥って深夜の公園で毎晩時間を過ごすサラリーマンが目撃した殺人事件。当初は、自分が持ってきて女性ともみあいになった時に男が自分で自分を刺してしまったものと思われたこの事件ですが、たまたま死んだ男性が、ボアン先輩こと辺見祐輔の後輩で、彼と別れた直後に事件が起こったことで不可解な点が浮かび上がります。さらには、警察官が訪問した家でその家の女子高生とともに殺されて発見されるという事件が起こります。同年代の少女たちよりも大人びた印象の被害者は、「身代わり」と題した小説を書いており、そのことを巡って仲の良かった図書館司書の女性との間に確執を持っていました。

『依存』の事件で受けたダメージによって、匠千暁ことタックと高瀬千穂ことタカチがそろって姿を消している間に起こった事件は、主にボアン先輩の視点でもって話が進んでいきます。本シリーズの特徴でもある、論理によって推理を組み立ててはそれが否定され、さらにそこに新しい推理を構築するという、論理を多層的に重ねていく手法は健在であり、丁寧に積み重ねられてひとつずつ穴を埋め、最終的に真相へと導いていく推理の端整さを本作でも楽しめます。
 そして、二つの事件の解決は同時に、タックとタカチが戻ってくるための重要なステップとなり、シリーズ最大の山場であった前作を越えて、次の段階へと繋げるという本作の位置づけを明らかにしているとも言えるでしょう。この『身代わり』の後の続編はまた暫く出ていないものの、やはりシリーズの今後については期待しつつ待ちたいところ。
 そして、二つの異なる事件が意外な形で繋がり、真相の解明において見せるサプライズに関してだけ言えば、必ずしも十分な意外性や説得力を持っているとは言い切れないものの、事件の根底にあるどこまでもエグい悪意が強烈なインパクトを持っています。作中での登場人物たちの軽妙なやりとりや、その個性と魅力で読ませると同時に、時として思わず目をそらしたくなるほどの人間のえげつなさをしっかりと織り込んでいる辺りにも、著者らしさを見ることが出来るでしょう。