恒川光太郎 『金色機械』

金色機械 (文春文庫)
 江戸の吉原や他の花街以上に栄え女郎たちの待遇も良いとも言われる舞柳(ぶりゅう)という土地で、大きな遊郭を構える熊悟朗のもとに遥香という娘がやって来ます。人の殺意を視ることのできる特殊な力を持った熊悟朗は、この娘が何やらわけありでしかも不穏な何かを胸のうちに秘めていることに気付きます。手で触れるだけで人を死へと導く不思議な力を持つ遥香と、山賊の門前小僧から成り上がった熊悟朗の人生が舞柳で交わるまでには、「金色様」と呼ばれる月からやって来た神の如く人々に崇められる謎の存在との関わりがありました。

 自らは停止(=死)することができない金色様、殺意を視る力を持ち、人を殺めることで生き抜いてきた山賊である熊悟朗、その手で触れることで人を死へと導く力を持ち、幼い時分から助からない病に苦しむ病人を安楽死させてきた遥香。この三者が、物語開始時点の1747年に辿り着くまでの壮絶な人生には、多くの死で満ちています。
 錯綜する時間軸と、それぞれの章ごとで交代する主人公らのエピソードが「金色様」という異文明の存在によってひと繋がりの物語となる本作は、読み応えのある群像劇であり、壮絶な生と死が描かれる作品となっています。そこに描かれるのは、安易な「物語」ではなく、抗いようのない生まれ育つ時代や環境、不可思議な運命に翻弄される人間たちの無力さであり、また次世代へと続いていく命の強さでもあるのでしょう。そうしたものを、独りただ変わることなく見つめ続け記憶を蓄積していく金色様の存在と、その辿り着く先が結末に描かれることで、物語全体を俯瞰的に眺める要素も入り込み、独特の雰囲気を持ったSFとも伝奇小説ともつかない作品に仕上がっていると言えるでしょう。