アントニイ・バークリー 『レイトン・コートの謎』

レイトン・コートの謎 世界探偵小説全集 36
 バークリーの処女長編である本作ですが、探偵小説の黄金期辺りに書かれた作品であるにも関わらず、「名探偵」という存在をどこかシニカルに見据え、コミカルに描き出すという独自のスタンスの見られる作品。
 通常であれば、神の視点を持つ如く描かれる「名探偵」ですが、本作では『毒入りチョコレート事件』でも登場する作家ロジャー・シェリンガムが、事件の段階ごとに迷走し、その推理のことごとくがすぐに否定せざるを得ないものになってしまうという辺りは面白かったです。これは、『毒入りチョコレート事件』では、推理合戦という形で次々に新しい事柄が明らかになっては推理が否定されるという、積み重ねの形式に後に発展する萌芽のようなものなのでしょう。
 処女作ということでこなれてないのか、中盤にロジャー・シェリンガムが密室の解明を試みる辺りは些か稚拙さやくどさは見られますし、作中でシェリンガムらが調べては発見する事柄は、(いくら探偵小説においては無能であることがある種の様式美のようになっているとはいえ)警察の科学捜査で発見されるべき事柄に過ぎないものが多いという気はします。
 ですが、結末で指摘される真犯人の作中における配置などは、(割と近い時期に世界的に有名な同種の作品は刊行されるものの)本作が書かれた時代を考えれば、非常に斬新かつ意欲的なものだったのかもしれません。