嵐の晩、キャロルが一人で住む農場に助けを求めて一人の男が扉を叩きますが、女の一人暮らしであることもあり警戒したキャロルはそれを断ります。ちょっとした弾みでその男にショットガンで傷を負わせてしまったことで、キャロルはその男を看病することになりますが、「スティーブン」という名前らしい彼は、どうやらショックで記憶を失っているようでした。記憶がないにも関わらず、何かから逃げなければならないという強迫観念を持っているらしい男をキャロルは農場に住まわせ、徐々に打ち解けていく二人ですが…。
記憶喪失の男スティーブンとキャロルの互いに何かを秘めた危うい生活と、「汚水溝の渉猟者」と名乗る何者かから逃げる、幾つもの名前の人物のパートが本作には交互に組み入れられています。
終始どこか不安な空気を孕んだキャロルとスティーブンの生活の裏に垣間見せられる、追われる男の物語によって、本作はサイコ・サスペンス的な色合いを濃く見せ、「スティーブンは何者なのか」という謎を常に読者に対して突きつけることになります。
終盤で一気に物語が加速し、結末を迎えてもなおこの謎は尾を引いて、「これは誰なのか」という謎を最期まで読者に投げかけることになります。
また、キャロルとスティーブンのつかの間の平和な時間に交わされる会話の中で出てくるブロンテの『嵐が丘』が実に効果的であると言えるでしょう。それは、キャロル=キャサリン、ヒースクリフ=ゴールドクリフ(スティーブンの姓)と、名前の音の響きを意図的に重ね合わせた著者の技巧によっていっそう引き立つことになります。この技法は終盤で出てくるケヴィンとアランという兄弟が、カインとアベルを象徴的に重ね合わせられていることで、より強い印象を読者に刻み付けることとなります。
純粋に物語として面白いかと言われれば、正直難しい部分はありますが、細部まで練られたプロットやその技巧面で突出したものがある作品であるのは確かでしょう。