西條奈加 『無花果の実のなるころに お蔦さんの神楽坂日記』

無花果の実のなるころに (お蔦さんの神楽坂日記) (創元推理文庫)
 全く料理のできない祖母のお蔦さんに代わり台所を取り仕切る中学生の望は、父親の転勤で神楽坂に一人住むお蔦さんと暮らすことになります。元芸者で粋なお蔦さんは近隣の人からも慕われ、様々な相談をもちかけられます。望の幼馴染の洋平が通り魔の現行犯容疑で警察に捕まる。知り合いが次々に振り込め詐欺の被害に遭う。お蔦さんに残された莫大な遺産をめぐる謎。望が気になっている女の子の母親が何者かに襲われた事件。望の友達で並はずれてモテる彰彦が原因で、友人の女の子が拉致された事件。これらの出来事をお蔦さんが、そして時にはお蔦さんならどうするのかと思い描きながら望が解決するために奮闘します。

 粋で痛快なお蔦さんと、孫の望のシリーズ。
 単なるホームドラマや青春成長物語、あるいは人情物には終わらない、ほっこりとする部分と人が生きていく上での苦さの塩梅が、本作においてはキャラクターの良さと同様に魅力となっていると言えるでしょう。各編で起こる出来事の裏には、人間の弱さとそこから来る狡さが描かれ、そのひとつひとつに対して揺るがない姿勢で臨むお蔦さんと、そんな祖母を見ることで静かに成長を遂げる望の姿をシリーズを通して見ることが出来ます。
 特に『果てしない嘘』においては、「一生涯嘘をつき続ける覚悟」を、お蔦さんはまだ中学生の望に突き付けます。この物語を経た上であることで、『シナガワ戦争』での望の成長ぶりにも説得力を感じる事が出来るのでしょう。