ある日「オジいサン」と、独特のイントネーションで呼ばれたことが気になって仕方がない。地デジ移行でテレビが見れなくなると電気屋は言いますが、それが理解できない。そんな72歳の独居老人益子徳一の日常を綴った連作短編集。
どうでも良いようなことが気になって仕方がない、けれどもひとつのことを突き詰めて考え、それを解決していくだけの粘り強さがあるわけでもない。
自分が老人であることを自覚した72歳の独居老人の、散文的でとりとめのない思考でつづられる物語。新しいものを理解できず、融通が利かない、それでいながら細かいことにこだわり続ける根気や忍耐力もない。
ただただそんな老人の、何があるわけでもない淡々とした日常を綴るだけの本作ですが、この奇妙な時間感覚と思考の流れがかもしだす独特の雰囲気にとらわれ、ついついページをめくってしまいます。京極夏彦独特のテンポが、見事に老人の時間感覚の表現を可能にしており、その「何の事件もない日常」が、ちょっと良い話に思えてくる何とも不思議な空気を持った作品でした。